菊池食品工業株式会社
代表取締役会長 兼 CEO
菊池 幸 さん
煮豆、佃煮、おせち料理など、日本の伝統的な食文化を提供し続けてきた菊池食品工業株式会社。「食を通じた健康と豊かさを」という理念のもと、「マネされても、マネするな」を合言葉に商品開発をおこなっている。平成初期に完成した北海道七飯町の工場では、北の大地が育む清らかな水と豊富な農産物を活かし、安全・安心の製造体制で、今後も全国のお客様に本物の美味しさを届けていく。

事業内容につきましては、佃煮と総菜の製造販売でございます。もう少し具体的にお話ししますと、魚介類の佃煮、特に小魚や甲殻類を使った佃煮の製造販売が中心です。また、総菜につきましては煮物類の製造販売を行っております。これらが現在の主な事業内容でございます。
平成2~3年頃、函館市、七飯町、上磯町と大野町(現北斗市)の1市3町の首長が東京で企業誘致の説明会を開いており、函館市長をはじめ3人の町長が、熱心に北海道への企業誘致を呼びかけておられました。
ちょうどその頃、私どもも埼玉の工場が手狭になってきており、もう1つ工場を作りたいと考えておりました。北海道という選択肢もあったことから、その説明会に参加させていただき説明会終了後、1市3町の首長と名刺交換をおこないながら企業進出をしたい旨をお伝えしました。


進出の条件として、まず3,000坪から5,000坪程度の土地が必要であること。また、「おいしい食品はおいしい水から」という弊社の企業理念がございますので、おいしい水が豊富に採れる場所を希望しており、そうした条件に合う土地探しをお願いいたしました。
おかげさまで、1市3町の責任者の方々が非常に熱心に土地探しをしてくださいました。各市町の首長が先頭に立って、条件に合う土地を探して回ってくださったのです。候補地が出揃いましたので、私自ら函館に出向き、案内していただきながら、さまざまな打ち合わせをさせていただきました。函館市、七飯町、上磯町、大野町、それぞれが私の希望する土地を紹介してくださいました。
その中でも特に七飯町に進出したいという気持ちになりました。まず第一に、水が使い放題と言えるほど豊富だったことです。これに大変惹かれました。また、函館市長や他の町長も熱心でしたが、特に七飯町の町長が非常に熱心で、東京の弊社本社まで訪ねてこられました。そのあまりの熱心さに、「どうしてそこまで企業進出を望まれるのですか?」とお尋ねしたところ、町長から2つの理由を伺いました。
1つ目は、町民の働く場所、就職する場所を確保したいということでした。七飯町は農業が盛んで、ゴルフ場も多くありましたが当時は今よりも降雪が多く、ゴルフ場が11月頃には閉鎖されてしまうため、町民の働く場所がなくなってしまうのです。弊社はおせち料理を扱っておりますので、ちょうど11月頃から忙しくなります。農家の手伝いや選別作業が終わる真冬の時期に、弊社の工場で働いていただけるということで、通年の雇用の場を作りたいというお考えでした。
2つ目は、規格外の野菜の活用でした。七飯町は野菜や農産物が豊富な地域です。当時は、形が悪かったり小さかったりする規格外の野菜は、全体の3割ほど出ていたのですが、それらはすべて捨てられていました。今でこそカット野菜などで利用されるようになりましたが、30数年前はそうした活用方法がなかったのです。町長は「それはもったいない。御社が惣菜を製造しているのだから、捨てている野菜を使ってもらえるのではないか」とお考えになり、ぜひ進出していただきたいという考えを持っていたからです。


もう1つの理由は、物流費でございます。弊社は東京で商売をしておりますので、北海道で製造したものを東京に運ぶ際の運賃が重要な要素となります。函館は北海道の中で最も本州に近く、フェリーも就航しておりますので、物流面で大変有利な立地なのです。
今後の展開といたしましては、できることならこの工場の近くに工場を増設したいと考えております。弊社は豆製品、特に大豆類を主体としておりますが、この近くには黒大豆や黄大豆の産地がございます。そうした地の利を活かし、今後も北海道での事業展開を進めてまいりたいと考えております。
プロフィール紹介

菊池食品工業株式会社
代表取締役会長 兼 CEO
菊池 幸 さん
昭和13年(1938年)生まれ、北海道出身
昭和36年4月 野村証券株式会社入社
昭和37年4月 日商株式会社(現双日株式会社)入社
昭和40年4月 菊池食品工業株式会社入社
昭和47年1月 専務取締役就任
昭和57年8月 代表取締役社長就任
平成25年7月 代表取締役会長兼CEO就任