箱館醸蔵有限会社 社長
冨原 節子さん
米どころとして人気が高まっている北海道には、良質の酒米(酒造好適米)を求めて次々と新たな酒蔵が誕生している。函館市の隣にある七飯町にも、この地域で35年ぶりとなる新しい酒蔵が立ち上がった。「道南の美味しい食材や特産物に合う、道南の地酒を造りたい」社長の冨原さんのその思いに、北海道でも指折りの杜氏が賛同して生まれたのが、郷の宝で醸された日本酒「郷宝」だ。
道南の七飯町で清酒醸造業を営んでいます。もともとは、町内で約100年続く「冨原商店」という酒屋でしたが、2020年12月に設立した、北海道内では14番目となる酒蔵で、「郷宝(ごっほう)」という銘柄の日本酒を造っています。
35年ほど前に酒蔵が撤退して、それからこの道南地域には地酒を醸す酒蔵がないという状態が続いていました。ここは山海の幸にも恵まれていますし、横津岳の伏流水という名水もありますし、とてもいいところなのですが、やっぱり地元に地酒と名乗れるものがないということはとても寂しいことだと思っていたわけです。今回、たくさんの皆さんの協力のおかげで、35年ぶりの酒蔵「箱館醸蔵」を立ち上げることができました。
酒蔵とって一番大事なのが酒類製造免許です。新規の免許取得は非常にハードルが高いため、権利の引き継ぎを考えました。岡山県の大美酒造という蔵が廃業するということで、その酒類製造免許と経営権を譲渡していただき、移転という形で七飯町に持ってきたという経緯です。
蔵人は6名で、事務が1名です。蔵人のうち、杜氏の東谷を含めて酒づくりの経験者は3人、残りの3人は函館市内の出身で、初めて日本酒づくりをするという人たちでした。増毛の国稀酒造で杜氏をしていた東谷とはたまたま縁があって、新しい挑戦ということで箱館譲蔵に来てもらえることになりました。
北海道や渡島総合振興局、そして七飯町の方々には非常にご支援いただきました。それこそ、お酒を仕込んで瓶詰めする工程までお手伝いしていただきました。
新型コロナウイルスの影響で、町中がなんとなく沈んだような、寂しい雰囲気だったのですが、地酒の郷宝が誕生したことで、「いいニュースが出てうれしいよ」だとか「離れて暮らす息子たちにも郷宝を送って、家族の絆を深めることができたよ」だとか、お客さまからそんなありがたいお声をいただいています。
北海道はやはり食の宝庫であり、食文化への意識も高いので、地域に根ざした酒づくりを心がけることによって、この道南地域の魅力というものを発信していけるのではないかと考えています。ここにはまだ様々な郷の宝というものが眠っているはずなので、それらを引き立てて、新たな物語を作るということにも、弊社の郷宝が一役買えるのではないかとも思っています。
この地で育った酒米、この地の美味しい水、この地で働く人。そういう地元で醸したお酒という意味で「道南テロワール」というテーマを掲げています。具体的には、近隣の農家が大切に育てた北海道の酒米の「吟風」と「彗星」を自社の精米機で磨き上げて、横津岳の伏流水で仕込んでいます。これらの郷の宝で醸したお酒なので「郷宝」と名づけました。
今年度から「きたしずく」も作付けしていて、きたしずくの酒も造る予定になっています。9月の刈り入れも見に行ってきました。きたしずく、吟風、彗星と、全部で14.5ヘクタールほどの作付けになりますが、これから蔵にもどんどん北海道の酒米が入ってくるので非常に楽しみです。
今の商品としては、使っている酒米が吟風と彗星の2種類ですが、吟風はどちらかと言うと辛口の旨口という、ふくよかな味わいを出しています。彗星はかなり辛口ですが、フルーティーな香りがして飲み口がすっきりしているお酒です。この彗星のお酒は、特に女性の方に好まれています。
これはもう、何にでも合うと思います。お客様からの「ブリのから揚げには郷宝の吟風が合う」というお話や、観光客の方からの「お刺身に郷宝の彗星がぴったりだったので、買って帰りたい」というお話を耳にしています。道南の風土で醸したお酒なので、やはり道南の山海の幸にはよく合うのではないでしょうか。
函館市内の酒屋さんには、北酒販や函館酒販組合を通してお世話になっています。札幌、岩見沢、室蘭などには、蔵にお電話をいただいてお取引している酒屋さんもあります。インターネット上での販売はまだ準備中ですが、いくつかの酒屋さんでは郷宝をインターネットで販売してくれています。
こだわりのある酒づくりを通して、新たな酒米作りや、酒造方法の開発によって、地域の食文化・産業・教育などの振興に貢献していければと思っています。小さな蔵なので、ていねいな酒造りをして、地元で末永く大切に思っていただける酒蔵となれるように努力していく所存です。
プロフィール紹介
箱館醸蔵有限会社 社長
冨原 節子さん